
・テニスに限らず、もっと強くなりたい!
・負けたくない!
・自分を変えたい!
① 今までよりも強くなれる
② 強くなるとはどういうことかがわかる
③ 負けない自分になれる
④ 強くなるための方法に迷わなくなる
⑤ 強さとは何かがわかる
⑥ 自分を変えられる
⑦ 本当の強さがわかる
⑧ 強い選手の心や気持ちがわかる

こんにちは!ぐっど(@good__tennis)です!
①はじめての教え子はプロ選手に。
②プロ選手の復調を複数人指導した経験あり、得意。
③本戦選手を多数育成。
④小学高学年から、コーチングをする。
⑤選手のメンタル強化も得意。
⑥公立の外部コーチの経験あり。
⑦プロ選手専属のストリンガーの経験あり。
今回は、「強くなるための考え方」を解説します!
これが40年以上、スポーツに関わってきた私、そして多くの偉大な先人達の答えです。
テニスだけでなく、あらゆるスポーツ・部活・人生にも当てはまる根本的なお話。
「まとめ」では、「学んだことは人生に確実に活かされるの実話」を載せています。最後までご覧くださいね!
強くなる人の考え方


ではさっそく「強くなる人の考え方」を、みていきましょう!
今からお話するのは、才能があるから強くなってきたプロ選手たちのように、ある一部の人にだけ通用するモノではありません。
努力と工夫をすれば、誰でもできることをお話していきます。
プロ選手がなぜプロになれたのか、ご存知の人はそんなにいないと思います。
彼らの特別にすごいところは、技術でも心でもありません。パワーです。
パワーが一般の人とは、桁が何個も違う。
私は小さい頃から、プロ選手を見て育ちました。教えられたコーチ全員が元プロ選手でしたし、一緒に練習していた人たちも、高校や大学で主将をしているような一流の先輩達でした。
プロとアマの違いは、技術力ではありません。下手をするとアマの方が、プロより技術力が上な人はいっぱいいます。しかし、
パワーとなると、全然違う。プロとアマでは、赤ちゃんと大男ほど違います。
そして、その才能の差を埋めることは、ほとんど不可能に近いです。テニスはそれほど凄い差はありません。
プロ選手でもピンキリだからです。
技術的なこと、目標設定の仕方などなど、活躍しているプロ選手がしてきたことを、テレビやニュースで取り上げられますが、まったく同じことをしても、そのプロ選手になれないのと同じです。
超一流選手のやってきたことを、そのまま真似をしても、超一流選手になれないと同じ。
もしなれたら、誰も苦労しませんね。
しかし、心の働きや考え方は、誰でもできることです。
私の身近にいた元プロ選手達が、教えてくれたことをすべてはお話できませんが、特に大切なことに絞ってお話したいと思います。そこには強くなってきた心の働きと考え方の共通点がいっぱいあります。
そこで、あらゆる超一流の分野の人の言葉をお借りして、努力さえすれば誰でもできる内容を解説していきます。
まずは、石田和雄(将棋棋士九段)の言葉。
「苦労は逃げるから追っかけてくる。逃げずに向き合っていけば、克服できる」
最近では、社会問題やドラマの影響もあり、「逃げる」ことを悪くないという風潮があります。
それは、特別な人に限ってです。特別とは、自分がギリギリだと思うとろこまで頑張ったか、それとも精神的な苦痛に耐えられなくなった人、です。
そういう人は、すぐに逃げた方がいい。
しかし、特別ではない人が、苦労から逃げよう・ツラいことはしたくない・成長するためには一度落ちることも大切ですが、その苦労から逃げるようでは、決して成長したり、強くなったりできませんね。
次は、北里柴三郎(新紙幣の顔になった細菌学者)
「君、人に熱と誠があれば、
何事でも達成するよ。
よく世の中が行き詰まったと言う人があるが、
これは大いなる誤解である。
世の中は決して行き詰まらぬ。
もし行き詰まったものがあるならば、
これは熱と誠がないからである。
つまり行き詰まりは本人自身で、
世の中は決して行き詰まるものではない。」
熱は情熱ですね。これは誰もがわかると思いますが、「誠」が必要であると北里さんはおっしゃっています。
これは一般的な下等な精神論では決してありません。
スポーツの指導者や選手は特に、勝つため・強くなるためには「誠」は必要でないと思っています。
必要だと思っていても、口に出しておっしゃっている人を、一人も知りません。
しかし、心と行ないが「誠」であるというのは、勝つため強くなるためには大いに関係するところ。
その理由は、「誠」を実際に行なうには、必ず強い心・己に克つことが必要であり、勇気が絶対に必要だからです。
己に克つ強い心と勇気がないと、「誠」は決して行えません。だからこそ、強い自分になれる。
ちょっとしたことでは、へこたれない心を養い、育てることができる。
しかし、「誠」とは何か、どうすれば良いことなのかを知らないと、実践することも教えることもできない。
だから、元プロ野球選手の野村克也監督がおっしゃったように、指導者には特に人間学が必要になる。しかも、その人間学は、
ビジネスのためだとか、指導者になるためだとかのために学んでも、それは表面的なモノで、本当の真の「誠」ではない。
心の底から「誠」を学び、ビジネスやスポーツや指導するときだけの取って付けたような偽物ではなく、いかなるときにも実践している人でないと、教えることはできません。これを慎独といったりします。
だからこそ、「誠」を教えられる。選手を本当の意味で強くできる。
次は、佐渡 裕(世界的指揮者)
「やっぱり情熱が
一番大事だと思います。
パッション、情熱が
すべてを動かしますよね。」
これは誰でもわかると思いますが、情熱の大切さです。
そのスポーツや成し遂げたいモノに、「何が何でも強くなりたい!」という情熱がない選手は、強くなれません。
次は、佐伯敏子(広島の原爆供養塔を一生涯ほうきで掃き続けた女性)
「人間は意識して勤勉になるのではありません。
思いの強さが、人を勤勉にするのです」
これは、全ての人が見落とすところです。
努力というのは、努力しようとしてするものではありません。
他の人から見て、努力に見えるかも知れませんが、本人はただ「しないと気持ちが悪い」「その行動が自然な自分の行動」「しているのが普通の状態」であってこそ、努力に意味があります。
誰かから言われてする努力など、本当に強くなる人のする努力ではない。
その為には、どれだけ自分が強くなりたいか、勝ちたい・負けたくないという想いがあるかです。
その「想い」があってはじめて、強くなる道を歩めます。
次は、森林貴彦(慶應義塾高校野球部監督)
「厳しい勝負を最後に決めるのは、
技術や体力ではなく人間力です。」
まさしく卓見ですね。この人間力こそ、誰でも鍛えることができるもの。
そして、ある特定のモノだけではなく、人生一生を通して役に立ちます。大賛成な言葉です。
しかしこの「人間力」が何を示しているのか…一度お話を聞いてみたいです。
最後は、山本幡男 (映画「ラーゲリより愛を込めて」のモデルにもなったシベリア抑留者)
「最後に勝つものは
道義であり、
誠であり、
まごころである。」
道義だとか、誠だとか、強くなるため勝つために関係ないと思われています。
しかし、多くの超一流の人たちが、大切であると答えています。
これこそが心が強く負けない根拠になるモノだということを、本当の指導者は知っています。
それは自分を敬するという気持ちが強いほど、努力や工夫を常に行なう選手になると知っているから。
だからこそ、昔の指導者は、選手に誠実さを求め、悪い行ないをしたら怒る。
ですが、今の指導者の多くは、悪いことは、単に「悪い」から怒るだけで、怒る本当の意味を知らずに怒る。
だから、選手も聞かないし聞けない。
私は子供のころ、品行が良くありませんでしたから、いっぱい怒られました。その怒られる理由は、必ず強い自分になれないから、というもの。そこが一番大切なわけです。
道義の意味を簡単にお話します。
まず「道」とは「働き」のこと。義とは、「その場の時と状況に適切に対応する」こと。この「働き」と「適切な対応」は、何に対していうのでしょう?
それは、道の効用を知ればわかります。道の効用とは、
「永遠の創造と変化」であり、言い換えれば「永遠の発展と向上」のこと。
つまり、破滅へ向かうような働きや対応は、道でも義でもないということです。
では、破滅への道なのか、発展向上への道なのかを知るためには、やっぱり学ばないと分からない。
簡単なことは、皆子供のときに習います。
挨拶だとか、礼儀だとかと言われるものがそうですが、現代では挨拶をする本当の理由さえ知っている指導者は少ない。
下に挨拶をする本当の理由を書いてあるブログのリンクを張っておきますので、ひぜご覧ください。
何が道と義なのかを、指導者が知っているのは、勝つため強くなるためには当然学んでいて当たり前であるということです。
昭和よりもっと以前までは、立派な指導者が多かったです。
温かく優しい中に厳しさがあった。昭和になって厳しさが主となり、今の指導者は優しさしかありません。
本当の指導者は、優しさの中に厳しさがある。それが人を育てることを知っているからです。
そうでなくては、本当の意味で強くすることはできません。
ただ才能だけで、超一流と言われているような人たちの表面的な言葉ではなく、実際に死ぬかも知れない境遇を経験し、その中で覚った・気付いたことは、誰もが同じことを言います。
結局、人を根本から強くするのは、「誠」であり「人の道」であり「義」であり「自分を敬する」こと。
これらがなぜ一般的に言われないかというと、皆学ばないから知らないだけです。
誠は何でどうすることなのか?人の道とは?義とは?自分を敬するとは?たぶんほとんどの人が答えられません。
これらを本当に学ぶと、ひとことでは決して答えることができない。
なぜかというと、説明するための言葉すら相手は知らないからです。梅干しを食べたことも見たこともない人に、梅干しの美味しさと酸っぱさを伝えることができないのと同じです。
だからこそ、子供たちには、指導者が姿勢で示し、心で学ばせないといけないし、できるなら座学も必要になるわけです。
結局、強くなるには、「心そのもの」が一番大切であるということですが、その心を知らないとまったく意味がありません。
だから、指導者は特に学ばないといけないし、一流の選手でも体を動かして体だけ鍛えるのではなく、座学で心をもしっかり学ぶべきです。
次は大切な心を学ぶ中でも、さらに一番大切な「自分を敬する」とはどうすることなのかを、少し詳しくお話していきます。
自分を敬することが、できただけでも必ず心は強くなります。
自分を敬できる選手は強い


では次は「自分を敬できる選手は強い」を、みていきましょう!
スポーツでも何でもそうですが、自分を敬することが何よりも自分を強くします。
それは、自分を敬できなることが人は耐えられないから。
一度でも自分を敬することを覚えると、よほどのことがない限り、自分を敬し続けようとします。
自分に負けるということを極端にイヤがります。
強くなりたいと思う場合、自分を敬できるように努力を重ねることです。
その一番良い方法は、自分を自分自身で褒められるように行動すること。
それは常日頃からです。
生活の態度、つまり家でゆっくりしている時から、ご飯を食べるときまで、自分を敬できるように行動することです。
すると、それがスポーツや部活に対しても、自分を敬できるように行動できます。
つまり、手を抜いたり、怠けたりしなくなる。
それは、自分が自分でなくなることを意味するからです。
だから、生活習慣を見直したり、改善したりすることが、自分の望む未来を掴むために最善の方法だと言われます。
しかし、なぜそうなるのかという根本的な核心を知らないと、何かのきっかけですぐに人は堕落するもの。
だから目標を持てだとか、目指すべき尊敬できる人を持てなどと言われるのですが、目標とする人自体を間違えてしまうこともしばしばです。
才能や結果だけを見て、目標とする人を決めたりするのは危険だということ。
その人が、どんな人生を歩み、どう生きてきたのかを知るのが大切な理由です。
そうすれば、自分そのものを変えることができる。
日本には、才能や結果だけの薄っぺらい人だけでなく、真に人間自体が素晴らしい人、生き様の素晴らしい人が大勢います。
そういう人達を知り、心にとどめる・目標とするのは、人を強くします。
この自分を敬するという土台があってこそ、方法論が活きてきます。
つまり、何を学ぶか、どんな指導者につくかによって、大きく才能を伸ばすこともできるし、結果をより良いものにしていけます。
自分を敬するという土台があっても、自分に合わない技術や考え方を教えられてもまったく強い選手になりません。
自分に合った技術や勝ち方を教えてくれる指導者が大切になります。
才能だけで強くなっている選手を見てはいけません。
才能を見るよりも、どれだけ努力をしてきたかを見ないといけませんし、努力よりもどれだけ自分を敬しているかを見ないといけません。
最後に、経営の神様と言われた松下幸之助の言葉を乗せておきます。
「松下幸之助と敬の心」というタイトルで紹介された言葉。
「自らにムチ打ち、
他にムチ打たれ、
人も会社も成長する」
強くなれない人は、正しいムチを自分からも指導者からも打たれたことがないのかも知れません。
結局、誠実な心が土台にあるから、自分に克てる強い選手へとなります。
誠実であり続けるには、気持ちの強さと勇気がないとできないから。
だから、気持ちで負けない人になれます。それが選手としての自分を強くします。
同じ技術力、つまり同じ実力同士で戦うと必ず最後には、誠実な心を持った自分に克つ選手が勝ちます。
そして、誠実さは、自分を敬することから始まり、正しい自分への敬は、さらに誠実さを成長させます。
結論!敬の心と技術と才能が大切


では最後に「結論!敬の心と技術と才能が大切」を、みていきましょう!
結論として、スポーツや部活を強くなるには、
敬の心と技術と才能が大切です。
才能は、持って生まれたものですので、自分ではどうすることもできません。
何かのゲームのように、自分で選べたら良いのですが。笑
一番強くなれる大きな要因は、今まで話してきた「自分を敬する心」を持つこと。
そのためには、生活態度から改善することです。だらしない生活は、簡単に人を弱くします。
困難な状況にすぐに負けてしまいますし、正しいとは何かすらも見失います。
すると、正しい指導者を選ぶことができなくなります。
類は友と呼ぶのと同じく、自分に類する指導者を選ぶものです。
技術は、正しい指導者からしか学べません。
自分を強くするために、生活態度を改めて敬できる自分になり、正しい指導者に技術を学ぶことが大切。
正しい指導者は、厳しいものです。
だから、自分に甘い選手は、そんな指導者から学ぶことはできません。
自分に克てる選手でないと、正しい指導者を選べないというのは、このためです。
本当に勝ちたい・強くなりたいと思うならば、まずは自分に克つこと。つまり敬できる自分になること。
次に、正しい指導者を選ぶことです。
すると、ある程度ならば、才能を凌駕できる。
特にテニスは才能だけで強くなっている選手がほとんどです。
確かにしんどい練習を積んではいますが、誰でもできる範囲です。
もっと強く高みを目指し、勝てなかった選手に勝つためには、まず自分に克つことです。
強くなるために一番大切なのは「心のあり方」と「考え方」。
その土台ができてこそ、その上に正しい技術を習得し、自分だけの攻めパターンを持ち、自分だけの勝ちパターンを確立しないと、才能のあるセンスある選手には到底勝てません。
正しい技術というのは、日本人の長所を活かし、自分の長所に合い、理にかなった技術のこと。
ジョコビッチの打ち方を完璧に真似しても、勝てるようにはなりません。
それは、日本人には日本人の長所があり、一人ひとり独自の長所があるからです。
それらの知識がないと、自分に合った技術の習得は不可能。「正しい努力」になりません。
努力はしているが、まったく上手くならない・勝てないというのは、土台ができていないか正しい努力ができていないから。あるいは、その両方ができていないからです。
今の強い選手は、才能やセンスがある選手がほとんどです。
そんな選手を倒すのは、単なる努力だけでは厳しい。正しい基礎・土台を作り、正しい努力をして、努力が才能やセンスを凌駕しなければなりません。
雲の上だと思っていた選手に勝てるようにする。それが指導者の一番おもしろいところです。
もしセンスのある選手・才能ある選手が、基礎・土台を身に付け、正しい努力をしたならば、どこまで上を目指せるとかか未知数です。
そして、そんな選手が、次世代の子供達に夢と希望を与えるのに、基礎・土台を真っ先に大切だと教えたならば、日本のテニス界は、やっと世界と戦えると思います。
さらにそんな子供達が、社会に出たとき、企業や日本の役に立つ人材になると確信があります。
まとめ【実話あり】
今回は、「強くなるための考え方と大切なモノ」でした。
いかがだったでしょうか?
皆さんがテニスを通じて、人生が豊かになるように願っています!
テニスに限らず、スポーツや部活などで体得したモノは人生に必ず活かさせるもの。
ですが、それは技術や攻め方や結果ではありません。
本戦に行った、関西Jrに出た、全国に出場したからと行って、何も人生に活かせることはありません。
スポーツ、あるいは何か勝ちたいモノ、強くなりたいモノを通して、人生に活かせるモノは、必ず心にあります。
頭や体も当然、役に立つこともありますが、一番自分を支えて成長させてくれるものは心です。
強くなりたいモノ・強くなりたいモノを通して、心を学ぶことこそ選手には大切なものです。
勝ちを求めるのは、プロになってからで良い。
しかし、そのプロ選手にしても、だらしない生活を始めた途端に勝てなくなります。
簡単に自分に負けてしまうからです。
そんなプロ選手も野球やテニスで多く見てきました。
強くあり続ける生命線は、心にあります。
心さえ正しければ、いくらでも強くあり続けますし、さらに強くなることも可能。
逆から言えば、心が清い選手、誠実な選手は、今は負けていても必ず強くなります。
そんな選手も多く見てきました。
さらに、心が良い選手というのは、人生においても順境や逆境が多少あったとしても、順調に進むものです。
それが本当に大切なもの。
超一流のプロ選手が、夢や希望を与える子供達に、一番に教えてあげないといけないことだと思います。
無闇やたらと、夢や希望だけを与えては、大きな害にもなりかねません。

すこしでも、皆さんのテニスライフと人生の役に立てたなら、これほど嬉しいものはありません。
もし、よろしかったら、感想や抱えている問題など、なんでも結構ですのでお問い合わせからご連絡くださいね!
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございます!!