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【勝つため?楽しむため?】スポーツをする本当の目的【部活の意義】

こんな人向けの記事です

・勝つためにするのか楽しむためにするかを迷っている人
・スポーツや部活の目的が分からない人
・部活をする目的に悩んでいる人

あなたが得られるモノ

① 部活の意義がわかる
② スポーツをする本当の目的がわかる
③ 勝つためにするのか楽しむためにするのかわかる
④ 部活をする意味に迷わなくなる
⑤ スポーツをする意義に悩まなくなる
⑥ スポーツの大切さがわかる
⑦ 部活の大切さがわかる
⑧ 部活の運用方針がはっきりする

ぐっど
ぐっど

こんにちは!ぐっど(@good__tennis)です!

『ぐっど』とは何者?

①はじめての教え子はプロ選手に。
②プロ選手の復調を複数人指導した経験あり、得意。
③本戦選手を多数育成。
④小学高学年から、コーチングをする。
⑤選手のメンタル強化も得意。
⑥公立の外部コーチの経験あり。
⑦プロ選手専属のストリンガーの経験あり。

今回は、「部活をする意義・スポーツをする目的」を解説します!


「まとめ」では、「教え子全員が中学高校で部長か副部長の実話」を載せています。最後までご覧くださいね!

何のためにスポーツ・部活をするの?

ぐっど
ぐっど

ではさっそく「何のためにスポーツ・部活をするの?」を、みていきましょう!

スポーツをする目的・部活をする目的は一体なんでしょう?


勝つために一生懸命休みの日もスポーツや部活を行なうのでしょうか?
それとも思い出つくりの為に、楽しくできれば良いのでしょうか?


こんな疑問を持ったことはないでしょうか?


私は学生時代のほぼ全てを野球に使っていました。休みは小学生の時から、正月の元旦と2日だけ。
お盆に世間では休むというのを、中学生になってから人から聞いて知ったぐらいです。


小学生の時にも、中学生の時にも、関西の強豪チームが集まるレベルの大会で何度か優勝しましたし、高校生の時には、ホームランを打って、新聞にも載りました。


そんな私が、大人になって、その頃の思い出すと、勝った思い出なんてこれっぽっちも思い出せません。
楽しかったことすらも思い出せない。


大人になって、あの厳しい練習をしてきたことが役に立っているモノ…


そんなお話をしていきます。


スポーツを行なう目的・部活をする目的から、真に勝つためには何が必要か、本当に楽しむためには何が必要かを明らかにしていきたいと思います。


実は、勝つためと楽しむためは、同じ一つの問題を解決することでどちらも得られるモノです。

勝つためでも楽しむためでもない

ぐっど
ぐっど

では次は「勝つためでも楽しむためでもない」を、みていきましょう!

よく言われる議論ですが、スポーツや部活は勝つためにするのか?楽しむためにするのか?


勝つためか、楽しむためかを学校やチーム、指導者・選手が決めてどちらかのために行なうのが一般的ではないかと思います。


結論から言いますと、どちらでもありません。


もっと正確にお話すると、「勝つこと」も「楽しむこと」も、枝葉末節のことであり、根本を理解して目的にすれば、「勝つこと」も「楽しむこと」も、どちらも得られるものです。


その詳しいお話は、次の項目でお話していますが、この項目では勝つためだと思っている人・楽しむためだと思っている人が、どうして間違いであるかをお話します。


大人なら、勝つためでも楽しむためでも良いと思います。それは、「知っていること」が大前提で…です。
何を知っているのか、順番を追って簡潔にお話していきます。


子供達が行なうスポーツや部活では、本当に勝つためか、楽しみためのどちらかが正しいのでしょうか?


大人になった時に、本当にスポーツや部活をしていたことが、勉強や遊びを犠牲にしてまで行なう価値があったと心から言い切れるでしょうか?


私が、大人になって色々な経験をして思うのは、


本当に人生に役立つモノというのは、そんな簡単に人は分からないということです。


頭で考えて出した答えが、真実ではなかったことを散々経験し、そこを真剣に思索して考えないと、絶対に分かりません。


指導者というのは、学校の為でもあるし、チームのためでもあるけれども、一番考えて指導ないといけないのは、子供が将来、そのスポーツや部活を行なって「本人は自覚しなくても」身になって人生の役に立つようにするべきです。


本当に良いモノというのは、自然のモノが良い例ですが、普段意識しない・できないモノです。


どれだけの人が、空気の存在に感謝しながらで生きているでしょうか?
食べ物自体・食べ物を作ってくれた人に感謝しながら食べるかも知れないけれど、食べ物が発育するために大切なミツバチの存在に誰が感謝をしているでしょうか?


私達は、空気やミツバチが存在しないと、たちまち生きられません。


皆、雨を嫌いますが、雨が降らなかったら、それこそ生きられません。
「嫌い=悪い」では、決してないということです。


本当は大切なモノなのに、普段気にしないから、知らないからで、「なおざり」にしていることがものすごく多い。


その一つが、子供達がするスポーツや部活で、何が大切か?何を目的に行なうか?です。


勝つためにスポーツを行なった場合の弊害はいっぱいありますが、その内の一つが仲間は全員ライバルです。


そこに本当の意味での、思いやりを養うことは大変難しいです。
もし勝つために行ないながら、思いやりを育てるのは、右を向きながら、左を見るのと同じ。


そういうチームが、どちらかに片寄ります。強いなら思いやりを犠牲にしがちになり、団結が強いチームは勝つことがなかなかできない。


さらに、勝つためには犠牲を強いる必要も出てきます。嫌な想いをする子供が必ず出るということです。
その嫌な想いは、整理するのがとても大変である事実は、なかなか解消できません。


さらにもっと悪いのは、自分が強くなり上手くなるための努力はしますが、他の選手が上手くなるのは困ります。


すると、自分勝手な子供が育ちやすい。これは強く上手い子供であればあるほど、この傾向が出る。


だから、優秀で心が強い選手ほど、そのスポーツで上を目指せない状態になったとき、人の道をそれるわけです。
これでは、スポーツや部活をやる意義からすると、本末転倒です。


では、楽しむためにするのはどうでしょうか?


まず楽しむとは、どういうことかを決めないといけません。


一般的な楽しむの解釈では、スポーツや部活を、皆で仲良くワイワイ楽しく行なうこと、だと思います。


本当の楽しむという意味は、まったく違いますが、これが一般的な「楽しむ」ですね。


この楽しむための弊害は、皆さんもご存知の通り、「ただの遊び」になることです。ただのストレス発散です。


さらに、「努力をする」という自分を尽くすことをしません。楽しむためにする「頑張り」は、自分のできる頑張りの3割や5割ぐらいではないでしょうか?


そのような中では、本当の仲間と呼べる人はなかなかできません。一過性の「友だち」になります。
絆とかつながりのある関係をなかなか構築しずらい。


しかし、現実には、「勝つため」「楽しむ」という目的を掲げていても、思いやりを育み、仲間との絆やつながりが強いチームが存在します。


大人なら、「勝ったときに楽しい理由」と「楽しいとはどういうことか」を知っています。


真剣に子供達のことを考える指導者は、それを知っています。


では、何を知っているのか?


どうすれば良いかを、次の項目でお話していきます。

本当の目的はすべてを兼ねる

ぐっど
ぐっど

では最後に「本当の目的はすべてを兼ねる」を、みていきましょう!

本当の目的を知っていると、「勝つこと」も「楽しむこと」も両立できるようになります。


しかし、勝つことが目的でも、楽しむことが目的でもありません。


スポーツや部活の本当の目的は、「心を育むこと」です。


心を真にはぐくむからこそ、勝てるようにもなるし、楽しめるようにもなる。


では、「心をはぐくむ」とは、どういうことなのでしょうか?


全てをお話するには、あまりにも膨大になりますので、その一番の代表的なものを具体例にしてお話します。


心を育む代表的なものが「和」の大切さを学ぶことです。


スポーツの世界で、一般的な浅い言い方をすればチームワークです。


しかしチームワークのように、勝つために行なう表面的はスローガンではありません。


「和」とは、皆と「調和」すること。間違えてはいけないのが、「同調」することではないということです。


同調とは、何かに合わせることです。調和とは、違うモノ同士が互いを思いやり助け合うこと。


内臓がそうですね。胃は胃であり、腸は腸です。胃が腸になろうとするのが同調です。現実的にあり得ませんし、無理があるのが、簡単に分かるはず。


胃は、胃の働きをまっとうして、腸と調和して、食物を消化吸収してこそ動物の健康を保っています。


もし、それぞれの臓器が他の臓器と調和せずに、自分勝手なことをしたらどうでしょう?


胃「私、今働きたくないから、5時間後に消化始めるね!」

腸「じゃ、私は8時間後から働くよ!」


なんて、言ってたら、もう動物はとんでもないことになります。


さらに食物を食べる動物そのものが、暴飲暴食をして、内臓のこと・体のことを考えずに、時間も気にせず何でも好き勝手に食べていたら、どうなるでしょう?


内臓は怒りませんが、必ず病みます。或いは…スネるかも知れません。「消化してやんないもん!プイ!」なんてされると、胸焼けや胃もたれ、さらにはもっとひどい病気になりかねません。


これが人にも言えるわけです。


同調するのではなく、自分も他人も尊重することこそが調和です。


「挨拶の本当の意味」というブログでも書きましたが、相手を敬すると同時に、自分を敬することが挨拶をする一番の理由です。


これをひとことで、「礼」といいます。


だからこそ、スポーツや部活をする人は、まず「礼儀」を教えてもらう。


その目的は、自分も他人も「うやまうため」。


指導者を尊敬するためではありません。いな、指導者を尊敬するというのは、「勝つため」や「楽しむため」と同様で、枝葉末節のことです。つまり副産物であり、指導者による。


本当の「挨拶や礼儀」の目的は、正しいことをちゃんと行なっている「自分を敬するため」。


今の言い方では、自己肯定感です。呼び名をコロコロ変えるだけで同じ意味。


だから、お父さんお母さんから、まず返事や挨拶を教えられる。この延長であるさらに高い次元で深い道理を学ぶのが、「指導者」と呼ばれる人の仕事です。


たった「和」というモノを学ぶだけで、子供達の心は育むことができる。


調和の取れたチーム、調和の取れた全体としての部分(一人ひとり)が、自分を敬することにより、いい加減なことをしなくなり、自分を尽くすことを怠らず、人に対して優しくなる。


理由は、正しいと思っていることをしないと、自分を敬できなくなるから。自分をうやまれなくなるから。それが本当の後悔というものだからです。


勝てなくてもそれなりの後悔で済みますが、自分をうやまれなくなるほど大きな後悔はありません。
これは、心を病ませるほどの後悔になります。精神的なダメージが大変大きいものです。


だからこそ、「心をはぐくむ」と、「結果的」に勝てるようにもなるし、楽しめるようにもなる。


本当の楽しむという意味は、自分を尽くして「一生懸命」するから得られるもの。ワイワイすることではありません。何をするにも「集中したとき」の楽しさは、ほぼすべての人が味わっているはずです。


あの面白くもない学校のお勉強でも、集中して行なうと、なぜか気持ちが良いものです。


指導者の役割は、子供達が自然と心を育む環境を整えてあげること。道から外れないように温かく、時には厳しく見守って上げること。さらに大切なのは、「導くこと」です。それが指導者の役割。


だから、亡くなられた元プロ野球の名監督、野村克也監督は、


「人間学無き者に、指導者の資格無し」と言いました。


つまり、難しい言い方をすれば、子供達がスポーツや部活をする目的は、スポーツや部活を通して「人間学」を学ぶことです。


人間学とは、心を学ぶ学問。


子供達はバカではありません。いくら指導者や子供達自身が「勝つため」だとか「楽しむため」だと言っても、人として大切なことを親から学んでいると、自分を敬えなくなることは決してしません。


だからこそ、そんな子供達にちょっとマシな指導者がつくと、勝てたり楽しんだりできるチームが生まれます。


まして、指導者が高い次元で分かっているチームは、さらに高い次元で勝てたり楽しんだりできる。


特に、学校の部活で行なうならば、当然「心」や「人間学」を学んでいて当たり前の「先生」が指導をする。


スポーツや部活を指導する人に必要なのは、一般的に行われている「コーチの資格」でも、そのスポーツや部活に精通していることなのでもなく、


心の誠実さ清らかさであり、人間学であり、それらを高い次元で実践していることです。


その影響は、子供達の一生に及びます。


これを真剣に考えずして、他に何を真剣に考えるというのでしょう?勝つこと?楽しむこと?


それにどれほどの価値があるのでしょうか?学校の名前が売れるのと、超特別な一部の子供がプロになるだけです。


そのプロにしても、無闇やたらに子供達に「夢や希望」という大きな害になるかも知れない危ういモノを与えて、心や人間学のことには一切触れずに、どうしてそれが「子供達のため」「良い影響」と言えるのでしょう?


夢や希望が大きな害になるのは、そのスポーツや芸術にしがみつくからです。そんな子供も見てきました。
それで納得できたならまだ良いですが、その多くの人が納得できずに辞めていきます。


さらにもっと悪い道に進んでしまう人までいます。心の学問を学ばない大きな弊害です。


これが、私が3歳からスポーツに関わってきて40年以上経った結論です。

まとめ【実話あり】

今回は、「部活をする意義・スポーツをする目的」でした。
いかがだったでしょうか?

皆さんがテニスを通じて、人生が豊かになるように願っています!

教え子全員が中学高校で部長か副部長の実話

教え子には、プロ選手になった子もいます。

しかし、一番誇りに思う子供達は、プロになったことではありません。

一番誇りに思う子供達は、
小さい頃から教えていた同じ歳の子が、15人以上いました。

その子達は、小学2年生や3年生から教えていた子たちばかり。

つまり3年以上教えていました。

その子達は、テニスが強くなりたい・上手くなりたいと思っていたわけではありません。
テニスを楽しむために通っていました。

しかし、その子の中から関西Jrに出場する選手を何人も倒した子もいます。

その15人以上いた子たちが、中学高校になると、全員が部長か副部長に選ばれました。

中には、違うスポーツや部活をする子もいましたが、それでも部長に選ばれる。

これが、私にとって最高の誇りです。
別に私が部長・副部長にしたわけではないんですけどね。笑


ぐっど
ぐっど

すこしでも、皆さんのテニスライフと人生の役に立てたなら、これほど嬉しいものはありません。

もし、よろしかったら、感想や抱えている問題など、なんでも結構ですのでお問い合わせからご連絡くださいね!

最後まで読んでいただきまして、ありがとうございます!!